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2016年6月10日(金)

中途半端では終われない。 ~ 有井 渉 ~

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今年度のルーキー紹介2人目は有井渉選手です。

箱根駅伝を志して法政大学へ入学しましたが、大学では怪我に苦しみました。決して順調な競技生活ではありませんでしたが地道に努力し、4年生にして箱根駅伝でエース区間の2区を任されるまでに成長しました。
自身のこれまでを「中途半端」と振り返る有井選手ですが、自分の壁を突き崩したいという強い決意を持っています。
競技と仕事を両立していきたいという有井選手を紹介します。



(陸上を始めたきっかけは?)

中学まで野球少年でしたが、友人に誘われて高校から陸上部に進みました。
八千代松陰高校では信頼できる監督と仲間に恵まれて、3年生の時には全国高校駅伝を走ることが出来ました。

(法政大学に進んだのは?)
高校時代の憧れの先輩が法政大学で活躍していた事と、箱根を走る大学の中で法政大学のユニフォームが一番恰好良かったからです。そのユニフォームを着て先輩と一緒に走れたらと思い、法政大学への進路を決めました。

(憧れていた法政大学はどうでしたか?)
怪我が多くて、あまりユニフォームを着ることが出来ませんでした。膝やシンスプリントをずっと痛めており、2年目はほとんど走れなくて苦しい大学生活でした。
痛くて途中で練習を辞めた時もありました。監督に「今やらないでどうする。痛くても走らなきゃいけない時もある。」と言われ、悩んだこともありましたが、「継続的な努力に勝る才能などあり得ない」と心に刻み頑張りました。その結果、私にとって一番走れた試合が、4年生の箱根駅伝の予選会でした。最後の箱根だったので、後輩に4年生の意地を見せようと思い走った結果、自分自身はチーム中2位でゴールし、チームも7位で予選通過することができました。
初めての箱根駅伝は予選会の結果もあり、まさか自分がと驚きましたが、2区のエース区間を任されることとなりました。

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(目標だった箱根駅伝を走った時はどうでしたか?)
先輩と一緒に箱根駅伝は走れませんでしたが、初めての箱根駅伝では沿道の声援が途切れないことに本当に感動しました。しかし本番前に体調を崩してしまい、練習を思うように積むことが出来ず、せっかく任された2区で不甲斐ない走りになってしまいました。でもこれが私の現在の力とも感じ、本当に情けなかったです。

(今後の目標は?)
大学のユニフォームで全日本インカレなどの試合に出場が出来なかったので、実業団として全日本実業団や全日本選手権で走りたいです。今までトラックレースで結果が出せていないので、まずは10000mで28分50秒を切り、日本のトップで勝負していきたいです。

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(社会人になり生活はどうですか?)

練習面や生活面ともに大学と違い、競技に集中できる環境が整っているので、大学の時に崩せなかった壁を突き崩したいと思います。
同期は4人共強いので負けないよう頑張りたいです。特に大隅とは良き友であり、ライバルとしても意識しています。そしてチームのスタッフやOBの中にも法政大学の名だたる尊敬する先輩方がいるので、競技だけでなく飲みでも超えられるように頑張りたいです。(笑)
出会いは別れの始まりで、人と人との間には必ず変化が訪れるはずですが、私は高校や大学の仲間だけでなく、会社やチームの同期とも仲良く過ごすことができ、本当に恵まれていると思います。

(休日はどんなことをしていますか?)
大学の時はガトーショコラやプリンを作ったりしていました。仲間に「おいしい」と言われるのが嬉しくてよく作っていました。あとはアニメを観たりして過ごしていました。
最近は同期の大隅と一緒にゲームをしたり、遊びに行ったりしています。

(最後に今後の意気込みをお願いします。)
高校大学と、駅伝では仲間に助けられることが多かったので、次は自身の力で戦っていける選手になり、箱根駅伝で出し切れなかった自分の力をこれからは限界まで出したいと思います。
実業団に入団した今、中途半端では終われないと思っているので、ニューイヤー駅伝では8位入賞に貢献できるよう精一杯頑張ります。
今までご指導してくださった先生方や応援してくださる皆さまには結果で恩返しをしたいと思いますので、今後も応援をよろしくお願いします。


【次回予告】 荻野 眞之介 選手の紹介をします。


ブログ係 担当一同

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