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2015年6月10日(水)

感謝の気持ちを忘れずに、目指すは東京五輪 ~斉藤 翔太~

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今年度ルーキーの斉藤翔太選手を紹介致します。
斉藤選手は、大学3年生の時、箱根駅伝予選会でチームトップとなる走りを見せ、3年ぶりとなる専修大学の箱根駅伝出場に貢献しました。一方、4年生の時は、個人としては2年連続でチームトップの走りを見せたものの、大学としては落選し、学連選抜として箱根駅伝を走ることとなりました。仲間と襷をつなぐことができる喜びや、駅伝というチーム競技の難しさをとてもよく知っている選手です。そんな斉藤選手の競技に対する思い、プライベートに迫りました。


(陸上を始めたきっかけは?)
中学校のとき、特設の駅伝部に誘われたのがきっかけです。
もともとはサッカー部に入っていて、中学1年の秋頃から駅伝にも出るようになりました。その後も記録が伸びて、春には陸上の大会にも出場していたので、1年を通してサッカーと両立させていました。
高校ではサッカーか、陸上かで迷いましたが、この先どちらの方が活躍できるかを考えたときに陸上だと思い、県内の名門校である一関学院高校に進学することを決めました。同じ中学校から自分を含めて3人が一関学院に行ったのですが、中学時代ずっと他の2人には負け続けていたので高校では勝ってやろうという気持ちが強かったです。

(中学校と高校での実績はどうでしたか?)
・中学校・・・全国中学校駅伝(3年生2区28位)
・高校・・・全国高校駅伝(2年生3区15位、3年生3区17位)
・ 都道府県駅伝・・・(3年生5区21位)
中学校時代、サッカーとかけもちでやりながら個人では、岩手県大会まで行くことができ、駅伝では全国大会まで出ることができたのでとても良かったです。
高校に入ってからは、3年生の時に岩手県大会で2位に入りましたが、東北大会で負けてしまいインターハイには出られませんでした。駅伝では、全国大会を2回走ることができましたが、満足する結果を残すことはできなかったです。5000mの自己ベストは2年生のときに日体大記録会で出した14分37秒でした。

(専修大学を選んだ理由を教えてください。)
高校2年の日体大記録会で自己ベストを出したときに、当時の大学の監督から勧誘して頂き、箱根駅伝を目指そうと決心しました。
また、大学の1学年上の先輩方の持ちタイムが良かったので、その先輩方と一緒にやれれば自分も強くなれると思い、専修大学に進学することを決めました。
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(大学での実績と印象に残っているレースを教えてください。)
・箱根駅伝・・・(3年生5区17位、4年生2区15位相当【※オープン参加のため】)
・都道府県駅伝・・・(2年生3区15位)
印象に残っているレースは大学2年生の時、10000m記録挑戦会と大学4年生の時の箱根駅伝です。 大学2年生の時、10000m記録挑戦会では、それまでのベストを約20秒更新することができたので、とても印象に残っています。そのとき出した29分03秒が大学時代のベストになりました。
大学4年生の時、箱根駅伝はチームとして出場することはできず、学連選抜として走りました。他の4年生は10月の予選会で引退になりますが、その後も自分のために一緒に練習をしてくれました。箱根駅伝の前には、寄せ書きをくれて、他の4年生の想いも背負って走るんだなと感じました。レースは、途中で腹痛が出てしまい、苦しいレースになってしまいましたが、とても印象に残る最後の箱根駅伝となりました。

(JR東日本を選んだ理由と今後の目標を教えてください。)
大学時代に同じ部屋でお世話になった大橋さんが所属していたので、もう一度同じチームで走りたかったからです。専修大学出身の五ヶ谷さん、五十嵐さんが活躍されていることも大きな理由です。
今年の目標は、ニューイヤー駅伝を走ること・自己ベストを更新することです。将来的には、マラソンで東京オリンピックに出場することが一番の目標なので2年目くらいからマラソンに挑戦していきたいと思います。

BLOG_saito③ .JPG(趣味、休日の過ごし方を教えてください。)
散歩が好きです。特に行先などは決めずに、思いつきで出かけます。最近では、御茶ノ水から秋葉原、神保町周辺を歩きました。街並みがとてもきれいで、良いリフレッシュになりました。

(何かこだわりなどはありますか?)
長めのjogをすることです。大学時代の監督から「長めに走ることで脚が作られる」という教えのもと、意識して取り組んでいます。
あとは、レース前に蒸しパンを食べることです。食べるとだいたい調子よく走れています。試合へのスイッチを入れるという意味でも食べています。


(指導者の言葉で印象に残っているものを教えてください。)

東日本大震災の後に当時の大学監督が、「大変な思いをしている人がいるなかで走れる環境があるんだから頑張らなければならない。」と言われたことがとても印象に残っています。まだ入学前で、大学の寮に入った数日後に起きて、実家(岩手県山田町)との連絡も2週間近く取れませんでした。地元が大変な中こうして走れることへの感謝の気持ちを忘れてはいけないと思いました。また、中途半端な頑張りではなく、4年間全力でやらなければいけないと思いました。これからの競技生活も走れることへの感謝の気持ちを忘れずに目標達成に向けて努力していきたいです。

(最後に意気込みをどうぞ!)
ニューイヤー駅伝で任された区間をしっかり走り、8位入賞を達成します。そして、東京オリンピックのマラソン代表になれるように頑張ります。また、ずっと応援して頂いている地元岩手の方々が喜んでくださるような結果が出せるように頑張りたいと思います。ご声援よろしくお願いします。
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                                       ブログ係:長谷川・田村・大橋・鈴木

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