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2011年9月16日(金)

【連載インタビュー】 ~第7回 佐藤 直樹選手 生まれ変わっても陸上選手~ 

東日本実業団駅伝、ニューイヤー駅伝の両駅伝を入社1年目で経験し、充実の2年目に突入している佐藤選手。度重なる故障を乗り越え、チームの中核を担う存在となりました。親しみやすいキャラクターで、チーム内でも皆から愛される佐藤選手の魅力に迫ります。

 

(まずは、陸上をはじめたきっかけを教えてください。)

子供の頃から色々なスポーツを経験していて、水泳やバレーボール、野球もやりました。

もともと運動神経は良く、何のスポーツでもそこそこはできました。

特に走るのは速くて、小学生の時に参加した陸上の大会(栃木)で、200mで県内2位になったこともあります。

チームスポーツは楽しくて、サッカーなども好きで、やりたかったのですが、純粋に走ることで勝負したくて中学生からは陸上に本格的に打ち込むようになりました。

 

(入社以来、1年余りが過ぎました。振り返っていかがですか?)

1年目はとにかく故障しないように心がけてやっていました。

ですが、故障をしてしまったので、満足できる1年ではありませんでした。

 

(しかし、故障を繰り返しながらも東日本、ニューイヤーと2つの駅伝を走りましたね。)

そうですね。

ただ、駅伝に関しては走っただけになってしまったので...

パッとしないですね。これもやはり納得できるものではなかったです。

 

(故障が多いという話ですが、学生時代からそうだったのですか?)

高校生の時はそうでもなかったですが、大学3年くらいから故障が多くなりました。

2年生の時の箱根駅伝までは順調に練習もできていたんですけどね。

 

(では、故障で練習ができない時、佐藤選手なりのモチベーションの保ち方などありますか?)

走れない時は水泳や補強などをやっています。モチベーションを保つというか、走るだけではなくて、基本的に体を動かすことは全般的に好きなんですよ。だから、故障していても練習意欲を欠いたりすることはないです。

 

(では、故障することで落ち込んだりすることもないですか?)

落ち込む?

少しも考えたことがなかったですね。(笑)

さすがに大学4年の箱根駅伝前は焦っていましたが、それくらいです。

 

(名門・仙台育英高校出身ですが、当時のことを聞かせてください。)

生まれ育った栃木県を離れて、仙台育英高校に進学したのは、同郷の宇賀地君(宇賀地 強選手 現 コニカミノルタ)に勝ちたかったからです。宇賀地君が県内の作新学院高校に進学することが先に決まっていましたので、同じ作新学院に進むか、仙台に行くかで考えました。

結果、仙台育英を選んだわけですが、ひでさん(佐藤秀和選手)やサムさん(サムエル・ワンジル選手)といった、強い先輩達に引っ張られて成長できましたので、良い選択だったと思っています。あの先輩達と練習するのはメチャクチャきつかったですが。(笑)

 

(学生時代には箱根駅伝で1区区間賞も獲得している佐藤選手ですが、JR東日本を選んだ理由は何だったんでしょう。)

そうですね。故障が多く、持病の坐骨神経痛もあって、いきなり痛くなって走れないことが結構ありました。なので、実業団は自分のペースでやらせてもらえるところがいいなと思っていました。そういった意味でJRでは監督から練習スケジュールは出されますが、状態に応じて内容を変更、調整させてもらえますので良かったと思っています。

大学の最初の頃は知識も全然ありませんでしたし、櫛部さん(現城西大学監督)を信頼していましたので、出された練習をやるだけでしたが、最近は自分で考えてやることの面白さを見つけた気がしています。

 

(このチームの印象を教えてください。)

エースが欲しかったっていうのが正直ありますね。うちは絶対的なエースがいないので、練習でも誰かに引っ張られて走るというより、みんなで交代しながら引っ張り合います。

力が均衡している分、練習でもけん制し合って、最後は競争みたいになって、出し切っちゃうことが多いです。それに関しては良かったり、悪かったりなんですけど。

大学時代は優太君(高橋優太選手 現 SB食品)が引っ張ってくれてましたし、高校時代も5000mで自分よりも1分くらい速い人と練習してましたので、ついていくだけでした。

優太君とは5000m20秒くらい差があったので、頑張ってついていって、調子が良ければ最後勝てることもあって、この20秒くらいの差がちょうど良かったと思います。

 

(休日の過ごし方を教えてください。)

休日は部屋でのんびりとしていることが多いですよ。

ただ、部屋が散らかっていると、どうも落ち着かないんですよね。結構キレイ好きかもしれないです。

趣味らしい趣味がなくて、休日でも走りに行くことが多いです。

これを言うと陸上バカみたいですね。(笑)最近また、走ることを楽しく感じています。

高校時代などは、練習が嫌だったんですけど、今は高校時代のように縛られていないので、のびのびとやれていて、それがいいのだと思います。

 

(佐藤選手は本当に陸上が好きなのですね。)

そうですね。好きなのだと思います。

多分、生まれ変わっても陸上競技をやっていると思いますよ。(笑)

 

(では、走ることの魅力を語ってください。)

魅力ですか...難しいですけど、日々の練習においては、いつか伸びないかなぁと、記録が伸びることを楽しみに走っています。

休日は景色を眺めながらのんびり走るのが気持ちいいんです。

これは、決してペースを追っちゃダメなんです。とにかくゆっくり、気持ち良くですね。

あとは、旅先なんかでは必ず走りにいきます。知らない景色を見ながら走るのも、またいいんですよ。

 

(趣味があまりないそうですが、好きな食べ物などはありますか?)

天丼が好きです。天ぷらとご飯とタレのコラボレーションが...最高!(笑)

天ぷらそばじゃダメなんです。天丼じゃないと!

あとは、餃子も好きです。宇都宮出身ですから、ちょっと餃子にはうるさいですよ。

 

写真:大好物の天丼を目の前にご機嫌な佐藤選手

 

(伊藤主将とは高校、大学、実業団と同じチームですが、佐藤選手から見た伊藤主将の印象を教えてください。)

高校時代から一行さんは強くて、インターハイでも入賞するなど、チームの主力でした。

ただ、当時は主将ではなく、正直なところ自分は一行さんが主将をやるイメージを持っていなかったです。大学時代に主将を任されるようになってから、少し変わったなと思っています。

普段あまり何も言わないですが、意外と厳しい面もあって、チームを引っ張ってくれていました。現在もチームの主将で頑張ってくれていますので、自分も頑張ってついていきたいですね。

 

(今年5月、仙台育英高校出身のサムエル・ワンジル選手の訃報がありました。)

報道を見て、初めて知りましたが、本当にただ信じられなかった...です。だいぶ落ち込みました。

サムさんは、ケニア人留学生の中でも特に優しかったんです。

一緒に色んな話をしながらジョッグしてくれたり、自分たちのペースに合わせて走ってくれました。それでも、時には離されることもあったんですけど、今思えば贅沢な時間だったなと思います。

北京オリンピックのマラソンで優勝された時も本当に感動しました。TVで観ていて込み上げてくるものがあったのを今でもよく覚えています。昔から近いようで遠い存在でしたが、どんどん駆け上がっていくサムさんは憧れの先輩でした。

 

(陸上をやっていて良かったと思うことはありますか?)

高校も大学も、このJRも陸上をやってきたおかげで入れましたし、特にJRに入社が決まった時には両親も喜んでくれましたので、少し恩返しができたかなと。

陸上競技をやっていなかったらJRには入れなかったでしょうから。(笑)

今年から安全企画室に配属となり、日々業務に取り組んでいます。

2年目になり後輩もできましたので、ますます頑張らないといけないですね。

 

写真:日頃の業務でも後輩社員に熱心に指導。

 

(仲のいい陸上選手はいますか?)

宇賀地君(宇賀地 強選手 現 コニカミノルタ)と優太君(高橋 優太選手 現 SB食品)ですね。

僕がこれまでの陸上人生を語る上で、彼らは欠かせない存在です。

宇賀地君は同郷で、親同士も仲が良かったりもするので、高校時代から栃木に帰ると周りからはいつも宇賀地君と比較されていたように思います。以前は比べられることが辛かったりもしましたが、今は宇賀地君の活躍を本当に嬉しく思います。どんどん強くなる宇賀地君を見ていると、自分自身を不甲斐なく思いますが、いつか日本選手権のような大きいレースで勝負したいなと思っています。

優太君とは中学時代からジュニアオリンピックなどの大会で顔を合わせていました。

その後、同じ仙台育英高校に進学し、揃って城西大に進みました。大学時代は主将と副主将として箱根駅伝優勝を目指して頑張りました。去年の夏には一緒に鎌倉に行ったり、今でもよく遊んでいます。お互いの部屋に写真も飾ってあるんですが...、ここまで言うと妙な誤解を招きそうですよね。(笑)

 

(これまで印象に残っている大会は?)

良い印象で言えば、大学2年の箱根駅伝です。

やはりあの区間賞の時の感覚は忘れられないです。最高に気持ち良かったですから。

逆に悪い印象で言えば4年の全日本大学駅伝の予選会です。

自分が失敗したせいで、チームに悪い流れを与えてしまって、結果的に予選を通過できませんでした。本当に悔しかったですし、流れの大切さを痛感しました。

 

(今後の目標を教えてください。)

ニューイヤー駅伝1区で区間賞を獲ることです!

大学時代の良いイメージもありますし、1人で走るのは好きではないので、1区が走りたいです。

うちの1区は高谷さんがこれまで務めてきましたが、そろそろ高谷さんを引きずり降ろさないとダメですね。(笑)

来年の元旦、スタートラインに立っているのは自分ですよ!

 

(応援して下さる方にメッセージを)

苦手な夏合宿を耐えて、これから間もなく駅伝シーズンに突入します。

区間賞、獲ってみせますので応援よろしくお願いいたします!

 

 

走ることを心から楽しみ、常にマイペースを崩さない佐藤選手。

1区にかける強いこだわりは、チームに良い刺激を与えています。

故障を克服し、元旦の第一中継所を先頭で駆け抜ける姿を披露できるか、注目です。

 

 

(取材・編集 八王子支社総務部広報課 奥村隆太郎)

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